原発被災地の真実// ~The Silence of the Lambs~
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2012/04/01 21:26
特定避難勧奨地点も解除の方向

警戒区域解除に伴い、特定避難勧奨地点の解除についても検討が進んでいる。
これまでは「原発事故の発生から1年間の積算線量が20mSvを超えると推定される世帯」を特定避難勧奨地点としてきた。
具体的には、事故初期は高線量だった事を考慮し「高さ1mで毎時3.1μSv」前後を指定目安とした。

実際には自治体の判断で若干の差があった。南相馬市では地上50cmで2.0μSv/hの子供基準が存在する。
この件では、福島市の住民から批判の声が多く上がった。
しかし事故後1年を経過した事、それと対象世帯は避難相応の対処(避難もしくは注意)をしているとの前提で積算基点を見直すと言う事になる。
今回の見直し基準は「毎時3.8μSv」である。
実際のところ、基準値が上がる事になる。多くの特定避難勧奨地点が解除されるであろう。

この件も対象世帯には説明も無く「自治体-政府間」で協議が進んでいたようだ。
政府は「年間1mSvを目指す」としながらも「実際は年間20mSvを固持」するようだ。


特定勧奨地点は年間20ミリシーベルト以下で解除

 1日午前0時で実施された田村市と川内村の避難区域再編に合わせ、政府は、南相馬市と伊達市、川内村の局所的に放射線量が高い地域の世帯に指定する特定避難勧奨地点について、年間積算放射線量が20ミリシーベルト以下となるのが確実になった場合、関係自治体と協議して解除することを決めた。
 特定避難勧奨地点について政府は、放射線量測定の結果、東京電力福島第1原発事故の発生から1年間の積算線量が20ミリシーベルトを超えると推定される世帯を指定している。指定に当たっては、放射線量の目安を毎時3.8マイクロシーベルトとし、関係自治体と対象範囲を協議している。
 解除協議に当たり政府は、放射線量をあらためて測定する。確実な線量低下を確認するため測定は複数回実施する方針で、開始時期については、放射線量の遮蔽(しゃへい)効果がある積雪がなくなる雪解けが確認されてからとする。
(2012年4月1日 福島民友ニュース)



<年間積算量の考え方>
文科省では、1日の生活行動モデルを次のように定めている。

●屋外行動は8時間と仮定。
●屋内行動は16時間と仮定。
●屋内の遮蔽効果は0.4倍。(木造家屋を想定)


よって、次の式が成り立つ。

毎時3.8μSv × (8時間 + 0.4 × 16時間) × 365日
= 年間19972.8μSv ≒ 年間20mSv

※注:毎時3.8μSvには自然放射線量(毎時0.04μSv)を含む。

zz.jpg

zzz.jpg

以下は経産省が提示した「特定避難勧奨地点での生活について」(PDF 299KB)である。
その内容は、まるで「サバイバル・マニュアル」のようだ。
zzzz.jpg

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2012/04/01 17:44
南相馬で悪天候の中、イベント開催

南相馬市で昨日、悪天候の中「ウオーキング大会とサイクリング大会」が実施された。
「常磐道南相馬―相馬インターチェンジ(IC)間の開通を記念」のための催しだった。
当日の写真を見て思うところは、子供がノーマスクで参加している点である。
この地点の空間線量は、およそ0.88μSv/h。暴風警報が発令されている中、イベントは強行された。
(東日本高速道路によると、同区間の空間放射線量は毎時0.2〜0.4μSv)
近隣の「相馬市アメダス」のデータでは、若干の降雨と西風10m/sを観測していた。
やはり直前まではネットでは抗議活動が盛んだったが、現場での抗議活動は無かったようだ。




8日に常磐道南相馬-相馬IC開通 徒歩、自転車で散策

 8日の常磐道南相馬―相馬インターチェンジ(IC)間の開通を記念し、ウオーキング大会とサイクリング大会が31日、同区間で行われ、1000人を超す参加者が徒歩と自転車で高速道からの景観を楽しんだ。
 ウオーキング大会は両ICを発着点に行われ、約750人が参加。それぞれ上真野川橋と町場川橋を折り返す約6キロの道程で散策した。午後からのサイクリング大会では荒天の中での実施となったが、両ICから約300人が出発した。
 南相馬市小高区から避難し、同市鹿島区の仮設住宅で生活する西山拓示さん(63)洋子さん(60)夫妻は、高速道から見えた山あいの景色を「平凡だが、南相馬の昔ながらの風景」と懐かしみ、「高速道の開通や区域見直しなど、復興へ向け徐々に進んでいると感じる」と喜んだ。
 東日本高速道路(ネクスコ東日本)は同区間の開通を「浜通りの復旧・復興の基軸」と位置付け、地元関係者も「復興道路」として期待を寄せている。30日には政府が3市村の避難区域再編を正式決定し、東日本大震災から1年を経て再生への道のりが示され始めた相双地方。参加者は復興への「第一歩」を踏みしめた。
(2012年4月1日 福島民友トピックス)


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